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2010年12月22日水曜日

2010年12月22日 日本語:長崎での平和教育・平和運動についての雑感(二)

※この記事は2010年12月6日 日本語:長崎での平和教育・平和運動についての雑感(一)の続きです。
 
 前回は平和教育についての雑感を書いた。今回は平和運動に焦点を当ててみようと思う。前回も書いたとおり、建設的な意見を出せないでいることは了承していただきたい。
 
 「平和運動」と言えば、デモ行進や署名運動などの如何にも「行動」という感じのものもあれば、会議や集会など意見の集約、交換に重点を置いたものもある。長崎にいる間、僕も何度か平和運動に参加してきた。「原爆犠牲者慰霊・世界平和祈念市民大行進(以下、市民大行進)」というデモ行進や「高校生一万人署名運動」、「核兵器廃絶-地球市民集会ナガサキ(以下、地球市民集会)」等に参加した。高校生一万人署名運動参加者のために断っておくと、僕は高校3年の時期に少し参加しただけなので、詳しく知っているわけではない。ところどころに誤って認識しているところがあるかもしれない。


  上記の活動に関連するリンクを張っておいたので、知らない方は先に読まれてください。
  

     長崎市|平和原爆平和への取り組み|市民大行進



  高校生一万人署名運動
  

     第4回核兵器廃絶-地球市民集会ナガサキ




 これら平和運動の持つ問題点をこれから考えていこうと思う。


 まず第一に、「認知度」について。先ほど述べた3つの運動のうち「市民大行進」と「地球市民集会」は長崎市が主催またはその一部となっている運動である。しかしながら、長崎市民のどのくらいの人間がこの運動を知っているだろうか。ましてや日本国民から見たこれらの運動の認知度はかなり低いと思う。
 以前の記憶でいえば、地球市民集会は本格的な討論が行われているようだ。地球市民集会は一般の人も参加できる部分があるが、比較的詳しい人、例えば学者やNGO活動家などが参加しているような集会なので単なる認知度とは切り離して考えていいかもしれない。
 市民大行進についてはどうか。示威活動というのは大概にして他に認知されなければ意味をなさないものだ。それなのに実際の認知度というのは、少なくとも僕の印象では低い。平和に関心がある人であっても、市の広報紙を見逃せば実際いつあるのかわかりにくいし、開催後も市広報、地元紙または全国紙の地元面を見なければ活動もよくわからないのではないかと思う。
 高校生一万人署名についても同じような事が言える。高校生一万人署名は少なくとも長崎県内のメディアは動向について細かく報道しているように感じる。しかしながらそれであっても長崎市内でさえこの活動を知らない人がいる。僕は小学中学の時点でもうこの活動が始まっていて、夕方にテレビでニュースを見れば時々取り上げられているし、活動の是非は別としても、長崎市民なら大体知っていると思っていた。しかし、僕が高校になって活動に参加していたころ、近所の人と話していると、その方がこの活動の事を知らないということがわかり、大変な衝撃を受けた。
 その運動の是非を肯定するにしても否定するにしても、まずは認知度がなければ始まらない。その事を無視して内輪だけで活動するのはただの自己満足ではないか。


 今回も長くなってしまったのでここでいったん切ります。次回更新の日程は決めていませんが、おそらく年を越すと思います。皆さんよいお年を。

2010年12月6日月曜日

2010年12月6日 日本語:長崎での平和教育・平和運動についての雑感(一)

  始めに、建設的な意見ではないという事を言っておく。飽くまで個人的雑感である。否定的な意見も多い。僕は、少なくとも現時点では教育に携わる立場にはいないので、教育関係者から見れば適当な事を言っているように見えるかもしれない。

  僕は小学校で平和委員会に所属、中学校で平和人権推進委員会委員長に就任し、高校には平和委員会がなかったものの、地球市民集会ナガサキに高校代表として参加したり、高校生一万人署名運動に一時期参加するなどした経験がある。そのうえで自分なりに考え、思った事をこれから書き記してみようと思う。

  長崎県は県都が被爆都市である経緯から、原爆被害に関する平和教育に関しては熱心で、僕の知る限りは小中高全ての学校で毎年8月9日を登校日に設定して平和集会が開かれるし、「総合」の時間のテーマとしても原爆・平和問題が取り上げられることも多い。ただ、長崎での平和教育にいくつか問題点が含まれているのではないかと思う。

  まずはじめに、生徒の関心の問題がある。自分の経験した平和集会では体育館で被爆者による体験講話を聞いて、教室で感想を書くというような流れを毎年繰り返すだけで、生徒の側も勿論ちゃんと聞いている生徒もいるが、寝ている生徒もいるし、話を聞かなくとも「原爆は恐ろしい、平和は大切だ」という事を書けば家に帰れるのだから、暑い中まじめに聞くのがいやだ、という生徒も多かった。中学時代には委員会で教師主導で劇をやった事もあるが、いまになって考えてみると、委員会として参加したものは「劇」の練習をしただけで、原爆についての新しい事実を知ったり何かを学んだりしたわけではなく、見ている側にとっても、講話の内容が劇に変わった、程度にしかとられなかったのではないか。

  次に、「原爆」という被害の部分のみを伝える、ということに関する問題である。これは去年大学で履修した授業とも関係があるのだけれど、簡単に言うと、「平和で何事も無いようなある日の長崎」に原爆は落ちたのか、ということを全く触れることなく平和教育が進んでしまっているということである。「被害者としての長崎」を見つめる事は多いのだけれど、「加害者としての長崎」を見る事は殊の外少ない。

  最後に、平和教育での「長崎原爆」以外の問題に関する教育の不足である。長崎が「平和の街」としてみられる原点はやはり原爆である。原爆を除けば、三菱の企業城下町として成り立ってきた歴史があるわけだし、原爆の被害を伝えることが平和の街としての名を保ち続ける事だというのはあるのかもしれない。とはいえ、「長崎原爆」以外の平和教育はそれに対して比較的消極的なのではないかという気がする。限られた時間の中で原爆問題にある程度時間を割く以上、そうなってしまうのもどうしようもないのかもしれない。平和を構成するものは原爆だけではない。広島の原爆や、他都市での被害、連合国側や枢軸国他国での戦禍に関する事や、他の戦争についても知るべき事がたくさんあるし、同和問題や障害者の人権もあれば、国際理解なども国際観光都市になるつもりがあるのなら、尚更知らなければならない事ではないか。

  思いのほか長くなってしまったので、以降をまた後日に書くことにする。

2009年11月7日土曜日

2009年11月7日 


今回の言語:日本語、汉语普通话,English, Esperanto, 한국어, Deutsch, Nederlands, Bahasa Indonesia.
 
 「平和を学ぶ・そして自炊」
 今日は21世紀プログラム課題提示科目IV「被爆地長崎から平和を考える」があり、ぎりぎりで遅刻した…先週長崎へ行って、「長崎」と「平和」についていろいろ考えた。また時間があれば詳しく紹介したい。
 帰宅後、久しぶりに自炊した。南瓜と挽肉の煮物?とご飯です。ご飯が少し固かった…
 
 “做饭”
我做饭。

 "Making Dinner"
 I made Japanese dinner.

"Fari vespermanĝo"
Mi faris vespermanĝo

"여리하다"
여리했어~~

"Kochen Essen"
Ich kochte.

"Eten koken"
Ik gekookt.

"Memasak makan malam"
Aku memasak.