先日、大阪市天王寺区が無報酬でデザイナーを募集したという話で、デザイナー業界側から批判が起こり、撤回することとなった。
区が無報酬デザイナー募集…抗議殺到、計画中止 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞) http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20130302-OYT1T00306.htm?from=ylist
「公共の場所で宣伝が出来るので無報酬でもかまわないだろう」という考えが根底にあったようだ。批判は全くそのとおりだと思う。メディチ家は宣伝できるからという理由で無報酬にしたか。していない。この無報酬デザイナーの件では、Twitter上でも反応している人が比較的多かったように思う。
しかし、翻訳に関してはどうか。
たとえば、「市役所 通訳ボランティア」とGoogleで検索する。そうすると山のようにボランティアの仕事が出てくる。これらの仕事は本当に対価が0で行われるべき仕事なのか。ボランティアに参加する側も「国際交流が出来る」という聞こえのいい言葉にだまされてはいないか。例えばもし営業の仕事を任されて、「人とのコネクションが出来るから」という理由で減給されたらたまったものではないだろう。でも通訳ボランティアではそれが普通だと思われている。
通訳ボランティアの仕事は誰にでも出来る低レベルの仕事だからだろうか。それも違うと思う。先ほどの検索で出てくるボランティアの仕事は、例えば、在留外国人の生活の手伝いだったり、観光に来た外国人旅行客への案内だったり、外語話者の子女教育におけるサポートであったり、これらの仕事はそう簡単に蔑ろに出来るものではない。在留外国人の生活の質に直結したり、外国人旅行客の観光地の評価につながる大きなものである。それは将来的にその街自身に返ってくる。
ただ、この問題は行政を批判するだけでは意味を成さないと僕は思う。ここ最近、実家に帰省しているときにある中国人中学生の支援に何度か中学校を訪問した。その中学生も両親の事情で日本に来ることになり、日本語の勉強を全くしないままこちらにきており、転学当初は同級生はおろか、教師とのコミュニケーションにも事欠く状態であった、と聞いた。実際僕が行った時も、他の生徒とコミュニケーションが取れているとは言いがたく、担任教諭の指示も正確に理解しているとはいえなかった。
この生徒へのサポートは、週1回か2回(記憶があいまい)ほど、残留孤児・華僑の子弟が多い他学校の中国人教師と、ボランティアで来ている中国語話者の女性の方がいらしてされているとのことであった。僕は時間があるときのみだったのでほとんど何もできなかったが、学校長から話を聞くと、予算の都合上ボランティアに来る人の交通費すら出すことが出来ない、とのことで、しかしながら、サポートする方も中学生とは年が離れているので共通の話題が少なく、その点での難しさがあるとのことだった。この生徒はそれでも2年ほどでかなり日本語が上手になっていた(僕なんかは8年もかかってやっと中国語が少し出来るようになったレベルだが)。ここに予算を出せないのは、行政そのものが昨今の財政的問題により出し渋っていることと、それを監督すべき地方自治体の議会がそのボランティアの存在に甘んじて評価をしなくなっていることに問題があるのではないか。「国際交流が出来る」という砂糖の山に群がるアリを、アリジゴクが意のままに食べつくさんとしている。
もし本当に「グローバル化」とかそういうのを言い出すのであれば、ここにかかるコストを軽視してはいけないと思う。「言語は道具だから」というのは外語を勉強しているとよく聞くのだが、道具であるからこそ、正しい使い方を出来る人を適切に評価し、それによって問題が起こらないようにすることが必要なのではないか。外語を勉強しろ、といってもその能力を評価されないのであれば、やる人がいなくなり、ひいては国際化に逆行していく。
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2010年12月6日月曜日
2010年12月6日 日本語:長崎での平和教育・平和運動についての雑感(一)
始めに、建設的な意見ではないという事を言っておく。飽くまで個人的雑感である。否定的な意見も多い。僕は、少なくとも現時点では教育に携わる立場にはいないので、教育関係者から見れば適当な事を言っているように見えるかもしれない。
僕は小学校で平和委員会に所属、中学校で平和人権推進委員会委員長に就任し、高校には平和委員会がなかったものの、地球市民集会ナガサキに高校代表として参加したり、高校生一万人署名運動に一時期参加するなどした経験がある。そのうえで自分なりに考え、思った事をこれから書き記してみようと思う。
長崎県は県都が被爆都市である経緯から、原爆被害に関する平和教育に関しては熱心で、僕の知る限りは小中高全ての学校で毎年8月9日を登校日に設定して平和集会が開かれるし、「総合」の時間のテーマとしても原爆・平和問題が取り上げられることも多い。ただ、長崎での平和教育にいくつか問題点が含まれているのではないかと思う。
まずはじめに、生徒の関心の問題がある。自分の経験した平和集会では体育館で被爆者による体験講話を聞いて、教室で感想を書くというような流れを毎年繰り返すだけで、生徒の側も勿論ちゃんと聞いている生徒もいるが、寝ている生徒もいるし、話を聞かなくとも「原爆は恐ろしい、平和は大切だ」という事を書けば家に帰れるのだから、暑い中まじめに聞くのがいやだ、という生徒も多かった。中学時代には委員会で教師主導で劇をやった事もあるが、いまになって考えてみると、委員会として参加したものは「劇」の練習をしただけで、原爆についての新しい事実を知ったり何かを学んだりしたわけではなく、見ている側にとっても、講話の内容が劇に変わった、程度にしかとられなかったのではないか。
次に、「原爆」という被害の部分のみを伝える、ということに関する問題である。これは去年大学で履修した授業とも関係があるのだけれど、簡単に言うと、「平和で何事も無いようなある日の長崎」に原爆は落ちたのか、ということを全く触れることなく平和教育が進んでしまっているということである。「被害者としての長崎」を見つめる事は多いのだけれど、「加害者としての長崎」を見る事は殊の外少ない。
最後に、平和教育での「長崎原爆」以外の問題に関する教育の不足である。長崎が「平和の街」としてみられる原点はやはり原爆である。原爆を除けば、三菱の企業城下町として成り立ってきた歴史があるわけだし、原爆の被害を伝えることが平和の街としての名を保ち続ける事だというのはあるのかもしれない。とはいえ、「長崎原爆」以外の平和教育はそれに対して比較的消極的なのではないかという気がする。限られた時間の中で原爆問題にある程度時間を割く以上、そうなってしまうのもどうしようもないのかもしれない。平和を構成するものは原爆だけではない。広島の原爆や、他都市での被害、連合国側や枢軸国他国での戦禍に関する事や、他の戦争についても知るべき事がたくさんあるし、同和問題や障害者の人権もあれば、国際理解なども国際観光都市になるつもりがあるのなら、尚更知らなければならない事ではないか。
思いのほか長くなってしまったので、以降をまた後日に書くことにする。
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