2011年6月28日火曜日

2011年6月28日 Esperanto: La vojagxolibro de "Dua" Fujian. Amoj kaj Kinmen. Volumo 2

 Cxi tio artikulo estas esperantigo de 2011年6月10日 日本語:「2つ」の福建旅行記-アモイと金門-(二)  en la japana. Kaj Cxi artikulo havas antauxan artikulon: 2011年6月11日 Esperanto: La vojagxolibro de "Dua" Fujian. Amoj kaj Kinmen. Volumo 1 .


Longtou-lu
   En mateno la 6-a de la dua tago mi vekigxis. Onidire la shipo el Kinmen insulo ekos frue de la 8-a, do mi intencas ensxipi tion. Sed gustejisto ne jam vekigxs, do mi atendis gxis la 7-a.


   Lastanokte en Longtou-lu, la Centro de Koronsu insulo havis multaj homoj sed matene havas malmulte. Mezolernejaj lernantoj iris havinte ombrelon helan. Enshipeje mi pagis 8 yuan kaj ensxipi. Estas frue matene sed multaj homoj atendis shipon.

  Reveninte al Amoy, mi sercxis Internacian Havenon. Amoy havas multajn havenojn, do mi errare iris al diferencan havenon. Tie havene estas la haveno por sxipo de cxirkaux kinmen. Mia intenco ne estas vidado kinmen, sed alterigxado. Mi demandis al kioskisto kaj iros al intercia haveno.


La Sxipo al Kinmen
 Internacia haveno estas pli granda ol kiel mi pensis. Mi acxetis bileton da 160 yuan. Multo de ensxipanto estas Taiwanujo, mi pensas. Sxipo estas granda, sed malgranda kiel la sxipo de ligado Taiwan kaj Cxinujo.



  (Artikulo daura estas.)

2011年6月25日土曜日

2011年6月25日 日本語:「2つ」の福建旅行記-アモイと金門-(三)

※この記事は 2011年6月5日 日本語:「2つ」の福建旅行記-アモイと金門-(一) 及び 2011年6月10日 日本語:「2つ」の福建旅行記-アモイと金門-(二) の続きです。

  外は雨が降っていたものの、余り揺れはなく無事に金門島に到着しました。中華人民共和国と中華民国をまたぐので当然ながらアモイで出国手続き、金門に到着後は入国手続きが有ります。金門島側の水頭フェリーターミナルはあまり大きくなく、長崎港のフェリーターミナルと比べても小さいほうです。ここからはアモイの2つの港と、泉州に行く船が出ているようです。フェリーターミナルの出口では「大陸-台湾間の貿易手続きを代行します」みたいなことが書かれてある名刺を配っている人がいました。小三通から(大)三通に変わった今でも、ここは大陸-台湾間貿易の重要な場所なのかもしれません。どうやら金門島は島民向けに無線LANを開放しているようです。住民の登録コードが必要なようで、他の人は使用できないようでした。その代わりにフェリーターミナルでは別のWi-Fiが飛んでいました。

  いつまでもフェリーターミナルにいるわけにもいかないので外に出てタクシーをチャーターしました。聴くところによるとバスは本数が少なく非常に利用しにくいとのことで、その上流しのタクシーもあまりないようだったのでこの方法が一番便利かもしれません。運転手に訊くところによると、チャーター1時間いくらと相場が有るとのこと。最終的には負けてもらいましたが。また、あのフェリーターミナルからは大体の客が空港へ行くのでそれにも相場が決まっているようです。

  今回金門島を旅行して得た金門島のイメージは軍事基地・華僑・農村、こんな感じです。金門島は一応少しは下調べしていましたが、優柔不断なのでコースを運転手と相談しながら行くことにしました。
馬山「還我河山」

  まずは馬山。金門島の北西端にある非常に小さな岬のようなところなのですが、ここに基地が有り、1958年に金門島が砲撃された際に要となった場所とのことで、ここのトーチカからは大陸が見えます。また、緊張が緩和する以前はここにあるラジオステーションから大陸へ向けてプロパガンダ放送がなされていたそうです。「還我河山(我々に河山[=大陸]を返せ!)」という字が迷彩色の壁の中で目立っています。馬山は入口で道が二つに分かれており、右に曲がると見学用のトーチカなのですが、左に曲がってしまうと銃を持った軍人が見張りに立っている本当の基地につながるようなので注意が必要です。逆にいえば見張りがいるので間違って侵入することはないです。

金門民俗文化村
  次は金門民俗文化村へ。ここは山后民俗文化村とも呼ばれるようで、金門島の歴史的な集落を改修して展示してあります。実際に人が住んでいて、それでいて観光地によくある「この時代の生活をやらせてますよ」感はなく、のんびりした生活感を味わうことが出来ました。この村出身の華僑は神戸にも行ったらしく、神戸での事業の史料等が展示されていました。少しおなかがすいたので海蚵煎(おあつぇん、牡蠣入りオムレツ)を食べました。ここには民宿もあるようです。

続きます。

2011年6月15日水曜日

2011年6月15日 Bahasa Indonesia: Museum Kultur di Universitas Fudan

Museum kultir di Universitas Fudan

Pisau
 Lima hari yang lalu, hari Jumat, saya ke Museum kultur di Universitas Fudan. Museum sedikit ada di Universitas Fudan.

 Saya melihat Pedang dan Bansa yang Taiwan. Museum ini memanggil Taiwan "The Republic of China (Republik Cina)". Musium ini gratis merihat tetapi tidak besar.

2011年6月11日土曜日

2011年6月11日 Esperanto: La vojagxolibro de "Dua" Fujian. Amoj kaj Kinmen. Volumo 1

  Cxi tio artikulo estas esperantigo de 2011年6月5日 日本語:「2つ」の福建旅行記-アモイと金門-(一) en la japana.

  Mi vojagxis en Amoj kaj Kinmen de majo 31-a vespero gxis juno 1-a nokte. Cxi vojagxo okazis en ordinala tago kial mi ne havas klason en merkredo kaj acxetis biletojn aeroplanajn malmultakoste. Mi acxetis biletojn, Pudong-Amoj kaj Amoj-Hongqiao. Mi antauxe acxetis bileton de Chunqiu aeroplano sed ili cxesis la flugxadon. Cxi tiam mi revenis al Sxanhajo senprobleme.

Amoj (Xiamen)
  Mi mangxis rizovermicxelon en mangxejo de Pudong flughaveno antaux mi enplanigxis. En flughavena mangxejo mangxas multekoste... Multaj pasagxeroj estas en la aeroplano. Mi auxdis La Cxinan, La sxanhajan kaj alian lingvon. Mi pensas, ke tio estas La Minnan-a. Mi endormis malmulte.

  Venis mi al Amoj flughaveno. Pudong flughaveno, kion mi vidas ordinare, estas tre granda, do mi pensas Amoj flughaveno estas negranda. Mi enauxtobusigxis al ponto de cxi tie. La ponto estas malgranda. Gxi estas nur por Kolongsu. Kiam oni enshipigxas al Kolongsu, oni ne devas acxeti bileton. Reveno de Kolongsu oni devas acxeti irorevenan bileton. Se vi enshipigxi en superetagxo, vi devas pagi 1 yuan. Shipo estas malgranda sed havas belan noktopejzagxon.

Kolongsu
  Kolongsu, malgranda insulo, estas movoplena. Kolongsu havas histriajn konstruajojn. Mi iras al junulargestejo sentelefone, la gestejo ne havas liton neokupitan. Gestejisto telefonis al aliaj gestejo, do mi povis enlitigxi. Verdire junulargestoj ne povas abonon rete. Telefonaabondo devas abonpagi.

  La gestejo, kio mi enlitigxis, ne estas en centra kvartalo sed ne estas maloportuna. Mi cxirlauxiris en  kvartalo mangxe marmangxajojn.

   (Artikulo daura estas.)

2011年6月10日金曜日

2011年6月10日 日本語:「2つ」の福建旅行記-アモイと金門-(二)

※この記事は 2011年6月5日 日本語:「2つ」の福建旅行記-アモイと金門-(一) の続きです。


 二日目の朝、6時になる前に起床しました。金門島へいくフェリーが8時半出航、その一時間前より手続き開始ということを聞いていたのでできるだけ早くフェリー乗り場に行こうと考えていたからです。しかしながら、ユースホステルのフロントに人がいない!と、よくよく見るとフロントの奥に寝ている人が…わざわざ起こすのは、と申し訳なく感じ、ロビーでネットに接続しつつ7時になるまで待ってからチェックアウトしました。
 

朝の龍頭路
 昨夜は騒がしかったコロンス島の中央通り、龍頭路もさすがに朝7時だと閑散としていました。中高生が通学する時間でもあるようで、虹色の傘をさした学生が坂を登っていっていました。虹色の傘は前日も何度か見かけたので、もしかするとここの名物なのかもしれません。フェリー乗り場で往復分の8元を払い、乗船。朝早いにもかかわらず両岸共に多くの人が船を待っていました。


 アモイ本島側に上陸後、金門島へのフェリー乗り場探しが始まりました。前日に調べたときに、ユースホステルの方に教わったところへ向かうと、そこは金門島へ行くフェリーではなく、金門島との以前(今も?)の軍事境界線辺りを周遊する遊覧船乗り場でした。自分は金門島を眺めるのではなく上陸したかったので、近くの売店に人に訊きフェリー乗り場を教えてもらいました。


金門島行フェリー
 フェリー乗り場は結構大きく、綺麗でした。チケット売り場で金門島水頭港行きのチケット(記憶が正しければ160元)を購入し、売店でカステラなんかを買って、フェリーに乗船しました。フェリーの乗客は大半が中華民国民のようでした。フェリーは片道1時間で運行しているのとしてはそれなりの大きさですが、小三通の時に大陸と台湾を結ぶ交通手段はこれだけだった(もしかしたら航空便もあったかもしれないですが)のかと思うと、かなり小さいなと感じました。


続きます。









2011年6月5日日曜日

2011年6月5日 日本語:「2つ」の福建旅行記-アモイと金門-(一)

  今回、5月31日の夕方から6月1日の夜にかけて一泊2日でアモイ(廈門)と金門島を旅行してきました。なぜ平日にこんなスケジュールで行ったのかというと、水曜日は授業がなかったことと、ちょうど春秋航空の格安チケットが手に入ったからです。行きは浦東発、帰りは虹橋着という格安便らしいチケット構成で、4月下旬に茨城-上海便を予約した時は前日にフライトキャンセルを知らされるという事態になりましたが、幸い今回はそういうこともなく無事に上海に戻ってくることが出来ました。

アモイ
  浦東を17時発で、春秋航空は当然ながら機内食が出るわけではないので、浦東にいるうちに少しおなかを満たそうと思って空港内のハラルレストランでビーフンを食べましたが、やっぱり高い。値段の割に量が…春秋航空は予定通り離陸、満席でした。何処からともなく普通話でも上海語でもない発音が聞こえる。これが閩南語なのかな、と思いつつひと眠りしました。


  アモイ空港に到着。日本でいう福岡空港ぐらいか。いや、福岡空港よりは大きいかな。なんにせよ普段見ている上海浦東があまりにも大きいので小さく感じてしまいます。そこから市内の鉄道駅とコロンス島への波止場に向かうシャトルバスで波止場へ移動。波止場は大きくなく、コロンス島への移動のためだけにつくられたような感じ。コロンス島へは行きは運賃を払わず、帰りにコロンス島側の波止場で往復分の8元を支払います。但し、見晴らしの良い2階に上ると別に1元を払わなければなりません。船旅、というよりは普通の渡し船。でも、アモイとコロンス島の両方の夜景が見えるだけで充分乗る価値が有ると思います。

コロンス島
  コロンス島は小さい島の割に賑やかでした。歴史的な建物もあっておしゃれで夜景が本当によく似合う場所。ここで一つ困った事が起こりました。ユースホステルの空きベットがない。コロンス島が観光客が多く人気が有るのは知っていましたが、ネット予約不可で電話予約のみ、さらには先にお金を振り込まないといけないという条件が面倒でなにもせずに行った結果がこれです。普通の部屋は空きがあるようでしたが。幸い、そこのユースホステルの方がもう一軒の街の少し外れのほうにあるユースホステルを紹介してくださったので事なきを得ました。

  街のはずれと言っても30秒も歩けば中心の街に出られるので特に不便ということはなく、寧ろ静かでいい場所でした。チェックインを済ませてから屋台で食べ物を買いつつ街をぶらついて見ました。太鼓焼きみたいなのや魚丸というすり身が入ったスープなど、海のそばということもあって海鮮が多いです。

2011年6月4日土曜日

2011年6月4日 English: The travel to Wuhan.

   It is English Version of 2011年6月4日 汉语普通话:江城旅游记. The Chinese version is the Original one.

   I made a trip to Wuhan, Hubei in last weekend. It is my first time what I went to inland of china. 


   I take Dongchezu, what is rapid train, in Shanghai Hongqiao Train station in 27th night. It take 4 hours to move to Hankou Train station. In the car, we could watch 2 movies. One is of Jackie Cheng, another one is comedy Kungfu. Comedy one had dialect speeches but I could understand they had said because It had subtitle. It takes long time but is not tiring me. We were arrived at Hankou at 10 p.m. Hankou Station was illuminated. I took a taxi and go to hotel near Jiefang park.


Gudesi Temple
  Next morning I went Gudesi temple. This is the newest one of the 4 temples of Wuhan. Temple have western construction. All of Priests Who I saw was nun. I thought there maybe nunnery. After that I went to Jianghan road and met my friend. Jianghan Rd. is vihicle-flee street. We took ferryboat and get over Yangtze river to Wuchang. Large people took ferryboat. I thought it has already been a kind of sightseeing source. We saw Bridge what is on the Yangtze River first, and then went Hubuxiang. Hubuxiang is famous place where a lot of chinese food booths are in.


HuangHeLou (Yellow Crane Tower)



  In 29th, I met another friend at Wuhan University. We walk around in the university and have Hubei food lunch. After that I went to Hubei Province Museum. They had exhibition of Tibetan Culture. After I went out of the museum, I get lost and walked a lot. Arrived at Huanghe lou (Yellow Crane Tower), I went up the tower with deep emotion because I had learned a chinese poem which is concerned with it. I got to know Guangdong friends. They took me to Train station.


  A Internet cafe is near Wuchang train station. I could not go there because they demanded me of ID card of China not Passport. It was not problem. I could use the internet pay with mobile phone in the station. I take train to go back to Shanghai at 9:30 p.m. 



  Many places in Wuhan is under construction, but they have a lot od cultural heritages. Wuhan has worth to go.  

2011年6月4日 汉语普通话:江城旅游记

    我从5月27号到30号之间去武汉玩儿。我以前去过的中国城市都是沿海的,这是第一次去内陆城市的访问记。

古德寺
    27号晚上从虹桥火车站坐动车组去武汉。从上海到武汉至少要坐4个小时。在车厢里有电视广播两场电影,一场是成龙的,另一场是搞笑的功夫片。搞笑的那场是有时候说方言,我听不懂,但看字幕明白。坐4个小时座位,长归长,但没有那么辛苦。

    晚上10点左右达到汉口火车站。汉口站有开灯挺漂亮。听说最近修过的。我坐出租车去酒店,住在解放公园那边。

    28号早上去古德寺参拜。古德寺是武汉四大佛寺庙之一,历史最短的寺庙。寺庙有西洋感觉,为什么不知道,在里面看的人都是女生,可能是尼寺庙。以后去江汉路见朋友。江汉路有很多人,现在是步行街了。坐船渡长江到武昌。渡轮很多人坐,成为一个观光资源。先走河边看大桥,然后去户部巷吃热干面、汤包、烧麦等等多种小吃。

黄鹤楼
 29号去武汉大学见另一个朋友,我们一起去逛校园吃午饭。以后我一个人去湖北省博物馆,是免费参观的。排队很少,随便看看。那时候有关于西藏的特别展示,也好看。从博物馆出去而走武汉大学旁边,但我迷了路,绕了一大圈儿。回到武汉大学正门坐出租车去黄鹤楼。我在高中学过《黄鹤楼送孟浩然之广陵》,黄鹤楼一直想去的地方。上了黄鹤楼,看得见武汉全景。那里我认识两个广东人,跟她们一起走路说话,她们到我送到武昌火车站。

    武昌火车站旁边有网吧,我想上网但他们要求身份证,护照不可以使用,所以我无法上网。但我发现火车站里面有无线,用手机付款就可用。

    晚上9点半坐火车回上海。车厢里应该都是上海人,听见的词语都有上海口音。

    武汉有很多地方修路,空气比较脏,但有很多历史遗产,好玩儿的。